ほたる、ふわり
「キラ、夕飯の時間ですわよ?」
日ももう沈もうとしている頃。
ぼんやりと海を眺めるキラのもとに、ラクスの声が届いた。
「うん、わかった……」
そう言い、キラがリビングへ向かおうと振り向いた瞬間。
キラの動きは止まった。
「ラ……ク、ス……?」
「はい?」
キラの見つめる先には、ラクスの姿。
ただいつもと違っているのは、ラクスの服装が違っていることだった。
紺色に、ピンク色と空色の花。
それは、ラクスにとても似合っていて、キラも見惚れてしまうほどだったのだけれど……。
「どうしたの……? それ……」
「これ、ですか?」
くすり、とラクスは笑って、キラを見つめる。
「カリダさんが、今日はこれを来なさい、と言って着せてくれたのです。……浴衣、というそうですわね。とても、きれいな色ですわね」
くるり、と回って見せたラクスに、キラは「母さん……」とつぶやいて頭に手を当てた。
実のところ、大変似合っているラクスの浴衣姿は、キラにとって嬉しいものだったのだが、なにぶん、カリダのやらせたいことがわからなかった。
今日は夏祭りでもないし、花火の日でもない。
だが、カリダがラクスにこうして浴衣を着せていると言うことは、なにか考えがあるはずで……。
「キラ? どうかしました?」
キラが我に返れば、もうすぐそばにラクスが来ていて。
「ううん、なんでもないよ。ごはんだね、行こうか」
「あ、はい……」
二人で並んでリビングへ向かおうとしたのだが、キラは「あ」と思いついたように声を上げ、ラクスへ向き直った。
「ラクス、浴衣すごく似合ってるよ。ごめんね、さっきは見惚れてたから何も言えなくて……」
キラの言葉にラクスはは顔を赤らめた。もう言ってはもらえないだろう、と思っていた言葉をもらえたのだ。うれしさに胸が爆発しそうだった。
「ありがとう……ございます……」
そう小さく言うと、ラクスはキラに向かって微笑んだ。
そして、ラクスとキラは、近くの川のそばへと向かっていた。
夕飯の時、キラがカリダに言われたのだ。
「ラクスさんと一緒に蛍を見に行ってらっしゃい。ラクスさん、蛍を見たことがないって言うから」
そう、にっこり笑って。
そして今に至るというわけだが、キラは不機嫌だった。
その理由は、どうしようもないことなのだが。
隣にはラクス。そして、つないだ手。
それでもラクスの意識がキラにあるというわけではなく……。
ラクスは、蛍に夢中だった。
はじめは「キラ、すごいですわね。とってもきれい……」とキラのことを意識しつつ見ていたのだが、途中からは会話もなく。ラクスの視線は蛍を追ってばかりになっていたのだ。
ラクスが喜んでくれたのは嬉しい。でも、これはないのではないだろうか、とキラは思った。
初めのうちはまだ良かったのだ。ラクスは蛍を見るのは初めてだし、ちょっと見とれるくらい良いと持っていた。
だが、何事にも我慢の限界があるのだ。自分でも何を怒っているのだろうか、という自覚はある。蛍にまで焼き餅を焼くなんて、自分にもあきれたものだ、とも思う。
それでも……。
「ラクスっ……」
はい、とラクスがキラへ目を向ける前に、キラはラクスの唇を奪っていた。
優しく。そして、深く、深く口づける。
そして、離した時。
「……っもう、キラ!!」
きつく言うラクスに、キラは笑ってしまいそうになったのだけれど。
ラクスの顔はほとんど見えなかったけれど、赤いのだろうことはよくわかったから。
「やっとこっち向いてくれたね。……ラクス、蛍ばかり見てるから……」
そう言って、キラはラクスの細い体を抱きしめた。
ふたりの周りには、淡い蛍の光が点々と舞っていたという。
ふわり、ふわりと。