君の中の花
日が沈み、外もぼんやりと暗くなってきた。
家の中では、どこからか良い匂いが漂ってきていて……。
もうすぐ、夕食の時間のようだ。
「そろそろかな……」
キラは、どこかで遊んでいるだろう子供たちを呼びにいくために、腰を上げた。
その頃。
ラクスは、エプロンをつけて、キラの母―――カリダと共に、キッチンに立っていた。
コトコト。
二人の前にある鍋から、おいしそうな匂いをさせて、スープが煮立っている。
「カリダさん……お願いします」
ラクスはそう言って、小さな皿に、スープを注ぐ。
そして、真剣な表情で、カリダに差し出した。
こくり、とカリダが、小さな皿にとったスープを口にする。ゆっくりと、味を確かめるようにして飲むと、カリダはラクスの顔を見た。
「ラクスさん……」
ラクスは両手をぎゅっと握り締める。
「ど、どうでしょうか?お味は……」
不安げなラクス。
しかし、カリダは嬉しそうに、にっこりと笑った。
「合格よ!!とても美味しいわ」
「本当ですか?」
ラクスもパッと笑顔になる。
すると、カリダは少し考えるようにして、指を口元に当てた。
「ええ、本当よ。ただ……」
「ただ?」
身を乗り出し、またもや真剣になるラクス。
その手には、なぜか小さな手帳が握られている。
「キラなら、もう少し薄めの味のほうが好きかもしれないわね」
「そうなのですか?……では、今度からはもう少し薄くすることにいたしますわ」
ラクスは、カリダの言葉になるほど、というように頷くと、手に持っていた手帳にそれを書き込んだ。
実は、この手帳には、料理のポイントなどが細かく書いてあるのだ。
それはもちろん、キラの好みなども書かれていて、カリダの目には、ラクスがとても微笑ましく、可愛らしく映っていた。
「ありがとうございます。書けましたわ」
そう言って、ラクスが書き込み終わると同時に、カリダはため息をつく。
「ラクスさんはいいこね……」
「はい?どうかなさいましたか?」
「キラにはもったいないわ!!ラクスさんみたいに可愛いくって、いいこ!!」
カリダはラクスの手を掴むと、自分のほうへと引き寄せた。
ラクスは、苦笑しつつも困惑顔だ。
「カリダさん、そんなことございませんわ。キラには、素敵なところがたくさんありますわ」
「そう…かしら?」
「はい、わたくし、知っておりますもの」
キッパリとラクスは言い切った。
なぜなら、ラクスの知っているキラには、本当に素敵なところがたくさんあったのだから。
悲しげに微笑む姿も、ぎゅっと抱きしめてくれるその腕も、すべてが愛おしく感じられる。
何より、ただそばで泣かせてくれるキラが、とても、とても大切に思えたのだ。
カリダはラクスの言葉に、やっと頷くと、クスリ、と笑った。
「キラは……本当に幸せ者ね」
それを聴いた瞬間、ラクスはふわり、微笑んだ。
まるで、花がほころぶかのように美しく――。
そして、料理の仕上げも終わり、あとは食べるだけの状態になった。
鍋の中には美味しそうなスープ。
色とりどりの野菜で作ったサラダもある。
「じゃあ、盛り付けちゃいましょうか。ラクスさんは、キラと子供たちを呼んできてくれる?」
カリダのその言葉に、ラクスが子供たちを呼びに行こうとした瞬間。
子供たちが、勢いよくドアを開け、キッチンに入ってきた。
「はーい!!」
「ごはんごはんーー!!」
よほどお腹がすいていたのか、とても嬉しそうな子供たちの後から、キラも苦笑しつつ入ってきた。
どうやら、キラが呼びに行ってくれたようだ。
ラクスはキラに頷いてみせると、子供たちに声をかける。
「あらあら、皆さん、早いですわね。そんなにお腹がすきましたの?」
「うん!!」
「それにね、キラおにいちゃんが呼びに来たから!」
ラクスの問いに、子供たちは、我先にと話しかけてくる。本当に元気いっぱいだ。
「あー!!お手伝いする」
「わたしもー!!」
手伝いを買って出る子までいて、ラクスは、楽しそうに微笑んだ。
食事も、もう終わろうとしているとき。
子供のうちの一人が、カリダに無邪気に尋ねた。
「キラおにいちゃんって、幸せ者なの?どうして?」
その問いが、みんなに伝わったとたん、ラクスは動きを止めた。
カリダもあたふたとしているし、キラも、なんだか気まずそうだ。
「えっと……」
カリダが戸惑っている間に、ラクスも意を解したのか、キラをにらみつけた。
その顔は、真っ赤に染まっている。
そのためキラは、思わず、可愛いなぁ、などということを考えてしまっていた。
が、それもすぐに途切れる。
ラクスがキラに詰め寄ったからだ。
「キラっっ!!……もしかして、わたくし達の話、聞いていましたの?!」
「えーーっと、その……」
「キラッ!!」
ラクスの強い勢いに、キラは、観念したように頭を下げた。
「……ごめん、ラクス…」
「聞いていましたのね?」
「うん…」
ラクスは、ふうっ、とため息をついた。
「……一体、いつからですか?」
「えーっと、母さんの、『そうかしら』からかなぁ……。でも、ラクス、何を知ってるって言ってたの?」
首をかしげながらのキラの答えにほっとするものの、キラの問いに、カッ、とラクスの頬があつくなる。
その前の話を聞かれていたら、それは……凄く恥ずかしいことで。
ラクスは、取り繕うようにして、怒った顔を見せた。
「そんなこと、どうでもいいじゃありませんか!!とりあえず、もう、そんなことしないでくださいね?今回は……まあ、許してあげますけれど……」
「ラクス、ごめんね?」
「はい。……と、皆さん、食べ終えたなら、食器を運んでくださいな。あ、キラは、今日は片づけまで手伝ってくださいね?」
にっこり。
ラクスの強い笑みに押されて、キラは思わず頷いた。
子供たちは食器を運び終え、みんな部屋に戻っていく。キラは、というと、テーブルを拭いたり、お皿を拭いたりしている。
カリダやラクスも荒いものをがんばっていて……。
作業を終えたキラは、嬉しそうに、その様子を見ていた。
すべてを片付け終え、キラとラクスは、二人で部屋へと歩いていた。
カリダは、まだやることがあるからと、キッチンに残っている。
「キラ、お疲れ様でした」
部屋へと戻ってすぐに、ラクスは、ほうっという風に笑った。
キラも、うん、と頷く。
「そうだね……いつもはやってないことだから、少し、疲れたかも……」
「では、お風呂、お先にどうぞ?わたくし、あとでかまいませんから」
ラクスがそう言うと、キラも「いいの?じゃあ……」と疲れたように立ち上がる。
そして、部屋を出て行くときに一言。
「ラクス、僕もね、ラクスの素敵なところ、いっぱい知ってるんだからね?」
とたんに、ラクスは顔を真っ赤にした。
キラはクスリ、と笑うと、ラクスにもう一度近づき、耳元で囁く。
「……たとえば、花のように笑う、きみの笑顔とか、ね」
「キラッ!!」
ラクスが真っ赤なままで怒鳴ると、今度こそ、キラは部屋から出て行った。
「もう……」
そう言いながら、頬に両手を当てるラクスの顔は、真っ赤だけれど、花がほころぶような笑顔だった。
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