桜の下で







穏やかな暖かさの中。
開け放った窓からは、外にいる子供達の元気な声が聞こえ、海の香りが舞い込んでくる。
その香りさえどこか春のにおいを含んでいるように感じて。
「……」
ラクスは洗い物をしていた手を止めて、窓の外を見た。

もう春なのだ。
自然とラクスの顔に笑みが浮かぶ。
今、手をぬらしている水も今までとは違い冷たさは感じられない。むしろ、春になったのだ、と思った瞬間からだが、心地よく感じられるような気さえする。

「はる……ですのね……」

ラクスが確認するように呟くと、ひらり、と何かが目の前を舞った。
白く、それに少し薄紅を添えたような色。

(桜……?)

そう思いラクスはそれに手を伸ばした。
ひらひらと風に流されながらも、ラクスのてに舞い降りてきたそれ。
確かに、桜の花びらのようだった。





     *   *   *





「キラ! どこにいますの? キラ」
昼食後の洗い物を終えたラクスは、キラの姿を探していた。
手のひらで何かをそっと包んで、きょろきょろとあちらこちらを見ている。

「キラー?」

少し大きな声をラクスが響かせると、隣の部屋から「ラクス?」というキラの声。
ラクスはほっとしたように笑うとドアへ近づく。
「入りますわよ、キラ」
ラクスはドアを開けて部屋へと入る。そこにいたのはキラ一人。彼はベッドに腰掛けて、どこか遠いところを見ているように見えた。

「キラ……?」

そう囁くようにして言うとラクスはキラに自分の手を差し出した。
「ほら……もう春ですのね」
手のひらにのっているのはさっき舞い込んできた花びら。

キラは目を見開く。
「これ……」
キラの口から声が漏れると、ラクスはその驚きように少し戸惑った。
キラの瞳はどこか苦しそうに見えたのだ。

「桜の、花びらですわ。さっきキッチンに入ってきましたの。綺麗でしょう?」
「うん……」

キラは顔をゆがめた。
ずっと桜の花びらを見ていたから、ラクスにはっきりと見えたわけではない。けれど、ラクスはキラが顔をゆがめているのがよくわかった。

なにが今のキラを悲しくさせているのかはわからない。けれど、桜の花びらにかかわることなのだろう、きっと。
そう思い、ラクスもゆっくりと、ベッドに腰掛けると、キラは決心したように口を開いた。

「桜の下で……ね、アスランと約束したんだ。桜の下で……月で別れるときに」
「それは……」

ラクスは言いよどむ。キラの言葉から、大体のことは察せられた。
きっと約束は、破られてしまったのだ。二人が敵対してしまう、と言う形によって。
だが、それはすでに過ぎたことであり、二人の約束、そして友情は再び取り戻したはずだ。
それはキラもわかっていることだろう。

「キラ……」
「でも……もう大丈夫」

ラクスを安心させるように、キラはラクスの瞳を見て微笑んだ。

「……ちゃんと、わかってるから。……約束は破られたけど、破られたままじゃなかったし、この世界は守れたから」
キラはラクスの手をとった。
そして立ち上がる。
「桜の花びらがここにあるってことは、もう桜が咲いてるんだね。ラクス、見に行かない?」
「はい」
ぎゅっと手を握り返す。
キラの手は、ラクスに幸せな暖かさを与えた。





     *   *   *





「もう少しでしょうか?」
「うん、そうだね」

二人の手はつながったまま。
キラとラクスは近くの公園へと来ていた。
近くに桜の木がある場所というと、この場所しか思い浮かばなかったのだ。きっと、公園の桜なのだろう。
その証拠に奥のほうから花びらがひらひらと流されてくる。

「まあ……」
「……!」

二人はその瞬間息を呑んだ。
満開の桜が目に飛び込んできたのだ。

「綺麗ですわね……」
「うん……」
うっとりとラクスが口に出せば、キラもそれに応じる。
二人の目は桜に釘付けだった。
それほどその桜は美しかったのだ。穢れのない美しさとはこういうものを言うのかもしれない。心が表れるような美しさだった。

「この下で……」
キラがポツリとこぼす。
「こんな桜の下で別れたんだ……四年前……」
「はい……」
ラクスがキラの手を少し強く握る。
キラもやわらかくそれを握り返した。ラクスの目を見る。

「ラクス……約束しない? ここで」
「え……?」
「だから、約束。……僕とアスランは一度行く道をたがえてしまったけれど、ちゃんと元に戻れた。だからきっと桜の下で誓えば……」

真摯なキラの言葉。
ラクスは頬を染めた。それはこの先どんなに離れ離れになろうとも、最後には一緒に。そういう意味。心はつながったままだ、ということ。

「はい……約束、しましょう」
頷く。ラクスは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ約束。……僕達は絶対に別れたりしないって。……たとえ距離は離れていたとしても、ずっと一緒だって……」
「はい……」
ラクスはまた頷いた。

今握り合っている手のぬくもりは絶対に離さない。
心はずっと一緒なのだから。
そう考えると、この先何があったって乗り越えられる気がした。何でも出来る気がした。

「キラ……」
「何? ラクス……」
「ずっと、この手を離さないでくださいね……」
「うん……約束、だから……」

桜の下での約束。
それは絶対に破られない想い。

ずっと一緒。

それは難しいことかもしれないけれど。
手のぬくもりは確かに永遠であるように感じた。







     ☆あとがき(?)


ああもう……すみません、支離滅裂。
書いてる途中で何をしているのかわからなくなりました。
なんにせよ、春ですね〜。