それは、甘くて苦い秘密の食べ物...





























Pink Candy





























「――っ、ううぅ...っ」

うなされているような誰かの声が寝室に静かに響いて、ラクスは目を覚ました。

そうしてから彼女は彼女のすぐ隣で眠っている男性―キラ―を悲壮な面持ちで見やって優しい声色で声を掛けた。

「大丈夫です、キラ。....大丈夫ですから」

しかし、そんなラクスの呼びかけにもキラは全くといって良いほど反応しなかった、が、そんな事はお構いなしと言った風に再び優しい声を掛けた。

「大丈夫です...大丈夫なのですよ、キラ」

ラクスは尚も優しくそう言うとキラの身体を自分の出せる限りの力を込めて抱きし
めた。

そうすると、ようやくキラも落ち着いたのか、うなされていた声のトーンを少しずつ落としていった...が、キラの口から涙混じりに発せられた次の言葉にラクスは自然とその華奢な身体を強張らせた。

「.....フレイ...」

キラの口から彼女の名を聞いたのはこれが初めてではなかった、が、それでもラクスはキラの口から自分の名が発せられないことに言いようのないほどの悲しみと底知れないほどの不安を感じていた。

(もしかしたら、自分はキラにとって不必要な存在ではないのか。
自分が実はキラにとって重荷としか成り得ない存在なのではないか。
キラはまだ彼女の影を追い求めているのではないか。
もしかすると、キラはその彼女の影を自分の中に見出しただけなのではないか。)

カガリやアスランに聞いても「そんな事はない」とか「安心しろ」という言葉は良く口にされた。実際自分とキラの距離は双子であるキラとカガリの距離や、親友であるキラとアスランの距離よりは近いとも感じていた。

けれど、ラクスはその一方で埋めようのないほどの距離をキラが意図的に自分との間に距離を置いているのも、こうして二人で暮らすようになって分かってきた。

別にキラが普段冷たい、という訳ではない、実際、昼間の間はとても優しく接してくれるし、その事によって「愛されている」と実感する事だって出来る。

夜になっても変わらぬ優しさで自分を愛してくれている、だが、それは眠ってしまうまでの事。

キラは夜毎に悲しそうな、辛そうな、そして苦しそうな、悲鳴にもにた呻き声をあげる、誰にでも、と言うわけではなく。

(何故自分には話してくれないのだろう)

と、そんなキラを見て、そういう風に考えるたび、自分が闇へと誘われているようでとても怖くなる。

そして、自分がそう思うたびに、キラが闇へと飲み込まれてしまうのではないか、という考えがラクスを支配する、―――その時。

「ぅぅ、ら、ラク...ス」

とキラが声にして瞼によって遮られていたその綺麗な菫色をした瞳を開けた。

その事にラクスはびっくりしながらも、一生懸命に上擦りつつある声を抑えて必死に、優しい笑顔をその顔に貼り付けた。

「...お目覚め、ですか?」

「...泣いてたの?」

先程までうなされていたとは考えられないほどに落ち着いた様子でキラの顔を覗き込んでいたラクスの頬に手を当てた。

その事にラクスは一瞬膠着したように身体を強張らせると、キラは悲しげな笑みをその顔に浮かべた。

「...ごめん」

その言葉にラクスは先程のものと合わせて二度びっくりしてその大きな空色の瞳を見開いた。

「キラが謝ることなど――」

「じゃあ、何で泣いてたの?」

「...そ、それは」

「僕が原因、なんでしょ、違う?」

キラの言葉にラクスは言葉を失ってしまった。――どうしてこの人はこうもまで他人の心を読み取る事が出来るのか。

ラクスはそう考えを巡らせると、自分でも訳がわからないけれど大粒の涙が頬を伝って、流れていくのが分かった。

「キラは――っ」と、涙で滲んでいくキラの姿をその瞳で捉えながら、涙で声にならなくなっていく声を張り上げながら、ラクスは切り出した。

「――キラには、わたくしが重荷ですか?
わたくしという存在が貴方を苦しめているのではないですか?
もし、そうならわたくしは――」

ラクスはその言葉を続ける事が許されなかった、何故ならその小さな身体はキラの細い、けれども筋肉質な身体に抱きこまれてしまったからだった。

その突然の出来事にラクスは涙で滲んでいた瞳を見開くと、キラの顔を伺おうとして顔をあげようとしたが、その行動はキラによって制されてしまった。

「本当にごめん、ラクス。君が許してくれるまで謝るから――。
だから、そんな事言わないで。君が居なくなった時を考える事の方が僕にとっ てはずっと辛いんだから」

「ですがっ――」

キラの言葉に今度こそ顔をあげて――涙で普段の二倍三倍美しく見えるその瞳をあげて――ラクスは声をあげると

「信じてくれないかも知れないけど、これは本当だよ」

と優しい声色で自身の瞳を覗き込んでくる美しい空色の瞳を見返しながらキラは困ったように微笑んで言った。

そうしてキラはもう一度ラクスの華奢な身体を壊れるくらいに強く抱きしめた。
「僕はずっと恐れてたんだ、この血で穢れた手で綺麗な君に触れてもいいのかって。君にこうして甘えれば甘えるほど君を闇の中へ引き込んでいってしまうのではないかって」

「そんなことっ――」

「うん、そうだね。君はとても優しいから僕の事をきっと受け入れてしまって闇へと一緒に堕ちていってしまう。そんな事は絶対にしたくなかった。闇に堕ちていくのは僕だけで十分だって」

反論を余儀なくされたラクスは大人しく、何処か遠い所を見るようにして話をするキラの事を見つめていたが、話が終わるとすぐに口を開いた。

「ならば、なぜわたくしと――?」

キラはその言葉にもう一度困ったように微笑んでラクスを見ると、静かに、そしてとても落ち着いた様子で口を開いた。

「分からない......って思い込んでたんだ今日まで」

「えっ?」

「でも、今なら分かる。僕は救いを求めていたんだ、“君”という救いを...」

「ですが、貴方はフレイさんを――」

「うん、僕は今までずっと救いをフレイに求めていたんだ...って何でそんな事を君が知っているの?」

キラはラクスの言葉にはっとしたように口を開くと、ラクスは言いにくそうに口を開いては閉じを繰り返していたが、しばらくして意を決したかのように顔をあげた。

「貴方がよく寝言でフレイさんを呼んでいましたから...」

悲しげな口調で切り出されたラクスの言葉にキラは苦々しい表情をつくりながらも微笑みを浮かべると「そう」とだけ口にして、その顔を恥ずかしそうなものに改めた。

そのキラの表情の変化にラクスは訳が分からず抱きしめられていた腕の中からキラを見つめるとキラはそれに気がついたようにラクスを見て、先ほどと同じ、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。

「そんな所まで君には知られてたんだね」

そんな言葉をキラはゆっくり吐き出すようにして口にすると、ラクスを見つめる瞳を真剣なものに変えた。

「実は今日、フレイに言われたんだ」

「えっ?」

キラの急な言葉にラクスは弾かれたように言葉と顔をあげると、キラと目が合って優しい視線を返された。

「『私より大切にしてあげなきゃいけない人が他にいるでしょ』って」

「―――え」

「『私に、そして貴方によって命を落とした人たちに、救いを求めるより貴方を真剣に愛してくれる人に救いを求めた方がよっぽど意味がある』って」

キラはそう言ってから「今までフレイが何を言っているか聞き取れなかったんだけど、今日は何故かしっかりと聞き取る事が出来たんだ」と続けるともはや泣き崩れてしまっているラクスに優しい声色で声を掛けた。

「だから、僕は決めたんだ。もう、過去には囚われ過ぎないようにしようって、救いのない闇の世界へ堕ちていかないようにしようって」

キラはそう言葉を続けながらラクスの小さな身体を優しく抱きしめるとラクスはその腕の中で一段と声をあげた。

キラはそんなラクスを本当に愛おしく見つめると、ラクスの身体をゆっくりと離して涙で溢れた綺麗な空色の瞳を見つめながら静かに口を開いた。

「もう駄目なのかも知れないけれど、僕と一緒にこの世界を生きてくれませんか?きっと君となら、何処へだって行けると信じているから...」

「もちろんですわ。わたくしは貴方さえお傍に居れば他に何も望みません」

キラのプロポーズめいた言葉にラクスは涙で途中何度か言葉を詰まらせながらもそう口にすると、キラは悪戯っ子のように微笑んで「嘘つき」と口にした。

それにラクスは「え?」と驚いたような表情で口にするとキラは先ほどと同じ笑みを浮かべた。

「僕の身体だけでは満足出来なかったくせに、心も手に入れたかったくせに」

「なっ、そんなこと――」

「でも、実際そうでしょ?僕の心が君に向いていな――」

キラの言葉をラクスは顔を真っ赤にして、それを面白そうに見て悪戯っ子のような顔で口を開こうとするキラの唇に突然ラクスのソレが襲い掛かった。

急でいていつになく執拗に舌を絡めてくるラクスの動きにキラはびっくりして動きを止めると、ラクスの激しい舌使いがキラの口内で続いた。

「はぁっ」と、長く激しい口づけが終わった後、ラクスは艶かしいほどの光沢を放つ唇についた水っぽいものを細い指先で拭い取る、といういつになく艶がある仕種を見せ、いつになく艶かしい息遣いで口を開いた。

「キラの言うとおり、わたくしは貴方の身体だけでは満足なんか出来ない欲張りな女なのですわ」

































――その後ラクスはキラを食べてしまったとか、逆に食べられてしまったとか。