距離が、何かをかたちづくる。





どうして、こんなにも。もやもやと胸が。
カレンは空を見上げた。生徒会の窓から見える空は、蒼い。日差しは暖かく、彼女の体に照っている。
心地よい陽気。けれどカレンの心はそれとは反対に、もやがかかったように見えなかった。





「まって!」

猫を捕まえようとした瞬間、カレンの動きを止めたのは、シャーリーの必死な声だった。
何事かと思い、振り返れば、やはり必死そうなシャーリーの顔。

「ねえ、キスの権利……カレンは誰に使うの? ひょっとして、ルル?」

言われた言葉に驚いた。
何を言っているのか分からなかった。シャーリーは一体何を思ってそんなことを言うのか、全然。

「な、なんでそうなるのよ」

戸惑いながらも答えて、ふと気付いた。
シャーリーの顔が、赤い。
どうしてだろう、と考えて、すぐに気付いた。なんてわかりやすい。シャーリーはルルーシュのことが好きなのだ、きっと。

そう思った瞬間。ずきりと。
胸が、痛んだ。どうしてかは分からない。けれど、痛みが。

ちゃんと困惑した顔になっていただろうか。自分もあるいは赤くなっていたのではないだろうか。
そんな思いを駆けめぐらせながら、カレンは、猫が逃げていくのを感じた。
シャーリーはまだ気付いていないだろう。あの猫が逃げたことに。

「あ、猫が……」

今気付いたようにして、言葉を放つ。
シャーリーも、あ、と口を押さえた。

「どうしよう……私たちのキス……」
「き、きっと大丈夫よ、シャーリー。もしかしたら、生徒会の誰かが見つけてくれたかも知れないし……ね」

途端に、慌て出すシャーリーに言いながら、自分にも言い聞かせた。
まさか、唇にキスを頼む人もいないだろう。そう、きっと、と。





そしてシャーリーとカレンは、その場を去って。
それから、何日だろうか。カレンの中にはそれが、いまだにもやもやと巣くい続けていたのだ。

そして考える。誰のキスを望んだのか。誰のキスならば嫌ではなかったのか。シャーリーの言うように、ルルーシュならば平気なのか。
何度考えても分からなかった。

「カレン?」

頭上から降ってきた声に、カレンは肩をふるわせた。おそるおそる見上げると、そこにいるのはルルーシュ。
今まで考えていたことも手伝ってか、カレンは顔を赤らめた。

「ルルーシュ……くん……ど、どうかした?」
「いや、なんでもない……けど、そっちこそこんな時間に生徒会にいるなんて……めずらしいな」

ルルーシュはそのまま階段を下りてくる。
言われてカレンは、はっとしたような表情をする。
青い空。暖かな日差し。
けれどまだ、時間は早い。始業のベルもまだ鳴らない。
そんなこと分かっていたはずだったのに、今まで考えにふけりすぎていたのか、頭から抜け落ちていたのかもしれない。

「そ、そうね。そうだったわよね……」

カレンは頷く。
自分の行動に、何か恥ずかしさを感じずにはいられなかった。
そして、ふと頭に浮かんだことを口にする。自分はあんなに嫌だと思ったあの、キスのこと。彼ならばどう思うのだろうか、と。

「ねえ、ルルーシュ君は、もしあの猫を捕まえたのが、あなたとスザク君じゃなかったら……そう、たとえば女の子で、あなたのキスがほしいといわれたらどうするつもりだったの?」

唐突の言葉。
カレン自身も、自分は何を言っているのだろうと思わずにいられなかったが。その言葉にルルーシュは一瞬思考と停止させたがごとくに、動きを止めた。

「……何を……」
「だから、あなたは誰かにキスを上げたのかしら、ということ」

かすかな動揺の色を、ひとみににじませるルルーシュに、カレンは少々の驚きを覚えた。
きっとルルーシュならば、その位、ものともしないのだろう、というのがカレンの読みだった。生徒会に入って、少し近くなってわかった。ルルーシュはナナリー以外に対しては、笑顔を見せない。いや、厳密に言えば、見せていることにはなるのかもしれない。それでも、ナナリーに対して微笑むとき、彼は驚くほどやさしく、楽しそうで。あれこそがルルーシュの本当の笑みなのだ、とカレンは思っていた。だから、きっと。彼にとって他のものに対することなど、どうでもいいことなのだと。

けれど、ルルーシュはカレンの言葉に何を思ったのか、にやりと笑う。

「なんだ、カレン……そんなことを聞くために、ここに来たのか? こんなに朝早く?」
「違う!!」

カレンが思わず顔を赤くして叫ぶと、ルルーシュはぷっと吹き出した。
常にはない、おかしそうな表情。それにどうしてか騒ぐ胸を感じつつ、カレンはルルーシュをにらみつける。その姿には病弱なんて言葉は、どこにもなかった。相変わらず、自身の熱い頬が、憎らしく感じられて。

「ああ……なんならしてみるか?」
「うぇ……?」

とっさにカレンの口から出たのはうめき声。
ルルーシュは今何を言ったのだろう。空耳……なのだろう、と自分の中で結論を下そうと、する。
が、ルルーシュとカレンの距離は少しずつ、縮まっている。それほど遠くなかった距離だ。ルルーシュはあっという間に、カレンの目の前にいた。

そして。
ルルーシュの顔が、少しずつカレンに近づいていく。
あと少し。
そう思った瞬間。カレンは目を閉じていた。と、すぐそばで、かすかな笑い声が聞こえる。

「カレン……その顔……! この前もこのくらい近づいたけど、平気だったじゃないか。どうかしたのか?」
「あっ……あれは!!」

カレンは叫びとともに、目を見開いた。そのままルルーシュに詰め寄る。
あれと今とでは、状況が違う。そう言いたかった。あんなのとは、ぜんぜん違うと。
だが、本当にごくごく近く、目の前にルルーシュの顔があって、カレンは目をそらした。頬は熱いままだ。むしろさっきよりも熱く感じられる。

「ご、ごめんなさい……でも、あの時とはぜんぜん違うでしょう?!」

そのまま詰め寄るカレン。

――とそのとき。
ぐらり、と。二人の体が傾いだ。

「きゃ……!」

カレンの小さな叫びが、その場に響いて。カレンとルルーシュは草むらに倒れ込んだ。
どさり、という鈍い音と共に、草が舞う。
カレンの鼻にふわり、とかすめたのは、みずみずしい草の香りと、彼の――。

カレンが目を開けて。それと同時に動きを止めた。思考が、止まった。
ぐるぐると頭の中で、思考がまとまらないでいる。
先ほどよりも、近く、近く。カレンの顔とルルーシュの顔は、傍にあった。
そして、唇に感じた柔らかなものはもしかしたら。
全然分からなかった。

けれど、ルルーシュの瞳も呆然としたままカレンを見つめている。不意に瞳に色を戻して、ルルーシュが微かに動いた。
と、同時に、カレンの意識も浮上し、目の前の出来事に、慌てる。

「ごめんなさい!」

勢いよく、ルルーシュの上から飛び退くと、カレンはうつむいた。顔が熱を持っているのが、よく感じられた。
視界の端にルルーシュが起きあがる姿が映る。

「あ、の……大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ……」
「あと……今のこと……本当にごめんなさい……」
「いや、別に気にしてないから……」

返ってきた答えに、カレンは胸をなで下ろした。いや、答えだけでなく、その雰囲気にも。きっと、本当に彼も今のことはそれほど気にしていないのだろう、と思えるようなものだったから。
少しずつ頭が冷えてくる、冷静さを取り戻してくる自分が感じられた。ただ、まだまだ不思議な息苦しさは続いていたけれど。頬の熱も、未だ、全くさめてはくれないようだったけれど。

そして次の瞬間。
ベルの音。
始業の合図だ。カレンはくるり、と体の向きを変えた。

「あ、じゃあ……もう、行くわね。ルルーシュ君もまたあとで」

このままルルーシュと共にいれば、熱は冷めてくれないような気がして、カレンは足を進める。ルルーシュの「それじゃ」という声が後ろから聞こえたが、それすらもどうしてか聞きたくなくて。
そんな自分の行動を不思議に思いつつ、カレンは足を速めて。

ふと、動きを止めた。
少しだけ振り向く。ルルーシュの姿が、カレンの瞳に映る。

「ありがとう……」

何となくそう言いたくなって、カレンは呟くようにして言った。
カレンの顔は、未だ赤いままだった。






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ほら、六話でスザクとシャーリーがなんかあったじゃないですか。
そんなの見たら、ルルカレでも書くしかないって思って……もう、あきれて良いです。ごめんなさいー。
しかも最初の部分とか無駄に長い……うぅ。